・安岡章太郎顕彰碑        20210111新規
 
 修理復原工事が始った頃の2015年、前庭に安岡章太郎の顕彰碑の設立の可否を文化庁の主任調査官に確認すると、景観を妨げない高さであれば問題なく、県から現状変更の許可を得て行うように言われました。そのことを碑建設を計画していた山北文化の会の人に伝えました。その後、建設実行委員会が立ち上げられました。
 修理復原工事で芝生を前庭全面に植えてから、2020年4月に建立の位置に台座を造りました。
 
             撮影 20200412
 が、コロナの関連で4月建立が中止となり、台座を埋め、芝も植えました。
 全面が青い芝で覆われ台座の位置も不明となりました。
 
            撮影 2020年7月5日
 芝が伸び過ぎ、芝を刈って頂きました。
 
           撮影 20200924
 刈った芝は10センチ程あり、数畝の畑を覆うのに十分な量でした。
 安岡章太郎の生誕100の年に間に合わせるべく2020年の12月15日に碑設置作業が行われました。
 
           撮影 20201215
 トラックの荷台からあふれるほどの大きさの碑が運ばれてきました。
 レッカー車で碑を吊り上げ
 
           撮影 20201215
 仮に位置を決め、台座に接着剤塗り、
 
           撮影 20201215
捨て帯に変えて碑を下し
 
            撮影 20201215
微妙な位置変更を行い碑の設置を終了しました。
 碑の除幕式までは白い幕で覆われます。
 
           撮影 20201217

 コロナが治まらず、除幕式の日程が入っても中々決まりませんでした。それが、3月の中旬に急展開で章太郎の誕生日4月18日に開催することになりました。建立実行委員会により手際良く準備が進められました。雨が心配でしたが、当日は曇時々晴となり除幕式が開催されました。
 
           撮影 20210418
 コロナ対策を十分な体制を執り式の受付が始りました。
 受付でパンフレット、お祝いの紅白の餅などが入った袋が渡されます。
 パンフレットは八頁の立派なものです。
  
    表紙                     頁2
  
    頁 3                    裏表紙
 上の頁以外に八百名を超える寄付者名も記載されています。
 建設実行委員会々長の挨拶に続き碑の除幕が行われ式が進みました。
 
        撮影 20210418 安岡章太郎 娘 治子の謝辞
 安岡章太郎の娘治子の謝辞で式は終了しました。
 碑を建てた位置は、大正12年撮影の
 
上写真の章太郎(左側)居る位置方向に合わせています。
 
             撮影 20210418  
 碑の正面には「流離譚と安岡章太郎の署名」、流離譚の文字は許諾を得て新潮社の単行本「流離譚」から転用しています。流離譚の文字は筆から墨が落ちたような点も、石屋さんの矜持で石に刻み込んでいます。
 本の文字 石の文字
 

 
 裏の彫り込みの日付は、除幕式の令和3年4月18日と異なり1年前の日付です。
 安岡章太郎生誕100歳の年と誕生日を記念した日付と聞きます。

 
           撮影 20210418
 県道付近から顕彰碑を見ると塀に溶け込んでいます。
  2015年の問合せから6年を経て安岡章太郎顕彰碑完成しました。
     碑は背後の安岡の家より永くこの地に残るでしょう。

                      ● 安岡家住宅<重要文化財>先頭