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釜屋 カマド・クド工事
新規 2018年10月14日
明治20年頃に作成された藩政時代の住宅の様子を示した絵図の釜屋の部分を下に示します。
上写真左側に「
味噌納屋」、
「釜屋」とあり、釜屋の右に墨で太く馬蹄形と「クド」と縦方向に3ヶ所、その左に同じような形で「カマ」と
2ヶ所
あります。カマは竃(かまど)です。
これらは作り直し昭和30年代まで使っていました
。解体直前に残って居たのは、二連のカマドでした。
撮影 20130206
上写真右側(北側)に壁の柱が接近しているように見えますが、
釜屋の北側の壁は崩れトタンで覆われていました。
撮影 20121217
上の写真の左の白いトタンが釜屋の崩れた箇所を覆っています。解体でトタンを取り除いたのが前のカマドの写真です。
隣の
錆びた茶色のトタンの箇所が「
味噌納屋」で、内側には崩れ落ちた瓦土が下写真のように積もっていました。
撮影 20130206
この釜屋で昭和30年代まで調理をしていたました。自分もそこで作った料理を食べたのでしょうが、調理の場面を覚えていません。
釜屋の試掘
で焚口の跡がいくつか出て来ました。複数のカマド、クドがあったのでなく、作り直す時、前のを残さないと生活できないので残しながら、新たのを作った痕跡と思われます。この試掘結果及び、残された煮釜の大きさも参考にして釜屋、カマド、クドを復原しました。
底辺付近をコンクリートを敷設し浸水を防ぎ、その上にタタキで焚口の底を形作ります。中に埋める石、瓦を用意します。
撮影 201808021
カマド底地の作業を文化財保存協会殿の資料に基づき紹介します。
発掘調査より、掘り込みのある形式のカマドであることが判明したが、釜屋周辺の地盤は地下 水位が非常に浅く、降雨のたびに床面近くまで水分を帯びることが確認されていたため、カマ築き上 げに際しては、防水対策として最下層に砂利敷と不再用となった古瓦を敷き詰めた。
最下層の古瓦の上にモルタルを塗り、側面に熨斗瓦を立ち上げてカマ基底部を囲った。中央の玉石は、2つの火床の仕切壁にあたり、発掘調査により抜き取り穴が確認されたため、同位置に同規模の石材を配置した。。
カマ基底部と側面に立ち上げた瓦を一体として防水モルタル(エレホン#300:エレホン・化成工業株式会社)を用いて塗り上げた。
防水モルタルが硬化したのち、火床仕上げ高さにタタキ(赤土5:石灰1:ニガリ10倍希釈適量)を仕上げ、その上に荒壁土と石片(こぶし大の砂岩)、古瓦片を用いてカマド本体を築き上げた。また、土間面からの水の吸い上げを防止するため、カマ周囲に熨斗瓦を伏せて縁を切ることとした。
瓦、石を壁土で固めて行ます。
撮影 201808021
石を組み込み形(クド)を作る
ビデオ(クド クリック)
、
瓦を組み込み形(カマド)を作る
ビデオ(カマドクリック)
を紹介します。
上写真はカマドですが、クドも同じように石を中に置き、瓦で囲い下地を作ります。
撮影 201808021
設計図面に従い作った型に合わせせ深さ、円の大きさを調整します。
撮影 201808023
カマド、クドの全体を壁土で周囲をカバーし外形を整えます。
以下クドとカマド。
撮影 201808023
撮影 20180823
土間をタタキで整えます。タタキは壁用の土より粗い土と石灰、ニガリを溶かした水で混ぜます。
小石程度の大きさの土塊を土間に撒き軽く叩きます。
撮影 20180920
土間全面を叩き終わると同じ成分の土をさらに上に撒きます。そこを今度は強く叩きます。
撮影 20180920
味噌納屋の土間のタタキも完成しました。
撮影 20180921
連続した面は一気行います。
全面が土ピカピカとなります。
撮影 20180926
一回目の叩きの
ビデオ(クリック)
、と二回目の叩きの
ビデオ(クリック)
を紹介します。叩く音が聞いて下さい。焚口など微妙なカーブの箇所は小さなコテに槌を当て叩きます。
土間が概ね乾くと、カマド、クドの形を仕上げます。カマ、クドは内側丸カーブは外壁では少なく、外側の丸壁は平たいコテで行うが、内側丸用のコテもあるようです。ですが、最後は指先感覚で整えてました。
撮影 20180928
土間のタタキも出来上がり釜屋完成ですが。乾きの待ちです。
カマドの作成に1ヶ月以上要しています。防水のコンクリート工事を除けば昔の構造を踏襲し復原しています。壁土の練り場所の確保、カマド組立用の砕石及び瓦の入手、少なくとも2基(生活継続用と新規)のカマドが設置出来る場所、作業要員の確保などカマドで生活維持することも大変である。
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